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一番堀 (1) 白山公園前 (昭和30年)
白山神社へは堀に架かる橋を渡ってての参拝 |
市役所から昭和橋方向 |
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一番堀 (2) 旧県庁前(現市役所) (昭和30年)
独特の情緒を演出していたが昭和30年代初めに埋め立てられ道路になった |
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柾谷小路 (昭和33年4月26日)
磯町から鏡橋付近。ボンネットバスが現役で活躍している頃 |
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柾谷小路 (昭和33年4月26日)
寄居町交差点から万代橋方向、大火後の復旧工事が進む |
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柾谷小路 (昭和30年代後半)
旧小林デパート(新潟三越)と旧市役所付近 |
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柾谷小路 (昭和30年代後半)
東堀付近から磯町方向 |
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柾谷小路 まつりパレード (昭和30年代後半)
自家用車が一般家庭に普及するまでバスが市民の足として今以上に活躍していた
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古町十字路 大火後の十字路 (昭和33年 4月)
デパートや高級専門店が集中し、休日は多くの買い物客でにぎわう |
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西堀 (昭和33年 4月)
柾谷小路から下手を望む。今は姿を消したオート三輪が懐かしい |
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西堀 (昭和37年 4月)
柾谷小路から上手を望む。堀端に並ぶ小屋は一杯飲み屋夜には赤ちょうちんがともった。 |
柾谷小路から市役所方向 |
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西堀埋め立て工事 (昭和38年 1月)
長い間、新潟のシンボルだった西堀が新潟国体を機に埋められることになった |
堀埋め立ての理由は新潟国体だけでなく大火の時の教訓が最大の理由だった |
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西堀 市役所 (昭和37年 4月)
新潟大火で焼け落ちた後、近代的ビルに生まれ変わった
右隅にまだ堀が見える
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西堀 (昭和30年代後半)
堀と柳の風情から“柳都”と呼ばれてた新潟の街今は面影もとどめていない |
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古町十字路 (昭和30年代前半)
大和の改修工事が進む大火後の街並み |
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古町十字路 (昭和37年 1月)
上記同じ場所。この年は新年を雪で迎えた
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| 古町十字路 (昭和30年代前半) |
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| 古町十字路 (昭和30年代前半) |
一時の賑わいはいつごろだっただろう
いまは閉店シャッター通り |
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| 古町8番町 (昭和30年代後半) |
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下大川前 旧佐渡汽船乗り場 (昭和33年 4月)
新潟と佐渡を結ぶ玄関口として多くの人々に利用されたが現在は万代島ターミナルビルへ移転した
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昭和56年の上空写真です。まだ朱鷺メッセはありません。 |
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旧新潟交通本社全景 (昭和30年代前半)
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昭和56年の上空写真です。まだ伊勢丹はありません。
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| 旧新潟交通本社正面 (昭和30年代前半) |
ダイエー新潟店 |
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| 旧新潟交通バスステーション (昭和30年代前半) |
新潟テレコムビル |
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旧新潟駅 (昭和33年 4月26日)
この駅は二代目の駅で、全国を結ぶ玄関であった。移転直前の姿 |
東映ホテル前
旧新潟駅跡は現在予備校と公園になっている。
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旧新潟駅 駅舎内の待合室 (昭和33年 4月26日)
木のベンチが懐かしい |
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旧新潟駅前通り 弁天2丁目 (昭和33年 4月26日)
篠田旅館本館から流作場五差路へ向かう道 |
現在はマンションが立ち並ぶ |
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新潟駅開業 (昭和33年 4月29日)
2ヵ年の工事を終えて現新潟駅が開業した。
近代的な建物に生まれ変わった駅舎の見学に大勢の人々が訪れた |
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新潟駅開業 (昭和33年 4月29日)
開業祝賀イベントの特設ステージ、後ろに旧新潟駅の駅舎とホームが見える。 |
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新潟駅開業 (昭和33年 4月29日)
駅前のバスターミナルも新駅にあわせて開設交通新時代の幕開けを感じさせた。 |
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新潟駅開業 (昭和33年 4月29日)
駅前に建物は何もなく新設の道路だけがやけに広く見える
奥にに見える家屋はやがて無くなることになる。 |
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新潟駅開業 (昭和33年 5月3日)
のどかさが漂う駅前帝石ビル建設用地の標柱がポツンと立っている |
新潟駅開業 (昭和33年 5月3日) |
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新潟駅と東大通り (昭和30年代後半)
帝石ビルが昭和36年に完成し除じょに開発が進んだ。
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新潟駅前ビル第1号 (昭和36年 6月)
新潟市の新しい顔のひとつになった駅前に近代的なビルが建ち始めた
その1号が帝石ビルだった。 |
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関屋競馬場 (昭和30年代前半)
民営、国営などの変りんを経て昭和29年日本中央競馬会の所属となり
同40年に移転するまで競馬ファンに親しまれていた |
関屋競馬場全景 (昭和30年代後半)
後に関屋分水工事とともに家屋の代替地となり
昭和40年に豊栄地区に移転した。
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| 関屋競馬場 (昭和30年代前半) |
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新潟まつり 旧市役所前 (昭和37年 8月23日)
柾谷小路の西堀から東堀にかけては見物人も多く、まつりの雰囲気も最高潮に達した |
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大和デパート (昭和34年4月10日)
皇太子殿下、正田美智子さまの結婚式が行われ、県内各地で多彩な
慶祝行事が行われた。写真はデパートに掲げられたご夫婦の写真 |
古町十字路のサンドイッチマン (昭和30年)
今はほとんど見かけないけどチンドンヤとか広告にかかせない存在だった? |
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新潟国体 (昭和39年 6月6日)
天皇、皇后両陛下をお迎えして、県営陸上競技場で6日間にわたる幕を開けた
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新潟国体 (昭和39年 6月6日)
陸上競技場スタンドは3万余の観衆が埋め尽くした。
10日後に大地震に襲われるなど夢にも思わなかった
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